2020年2月21日(金)から突発性難聴になりました。
突発性難聴とは、突然耳鳴りや耳が聞こえなくなる病気で、どんな人にもかかる可能性がある、ポピュラーな病気です。
原因はウィルスかストレスと言われていますが、未だ原因が解明されていないとのこと。
突発性難聴のあらまし
2月20日美味しいピザを食べている時から耳鳴りがし始めました。
でも、この時は深く考えてませんでした。
と言うのも、2月17日から花粉症の薬を飲み始め、それ以降から耳が圧迫されるような感覚があり、「花粉症の薬の副作用かな?」と思っていたから。
たまたま人と会う仕事が入っていなかったことと、もともと三半規管が弱いのと、耳鳴りをほっておくと重症化しやすいと知っていたので、21日の午前中、近所の耳鼻咽喉科へ行きました。
「耳鳴りがする」と伝えると、聴覚検査をすることに。
一度中耳炎を経験していたので、電話BOXみたいな箱に入って、ヘッドホンをし、音がなったらボタンを押す。という流れは知っていたので、スムーズに検査は進みました。
左耳から流れる、機械的なポーン、トーン、ピーっと言う音は私の耳から聞こえる耳鳴りによってほとんどかき消され、おそらく普段だったらうるさいと思う音量にならないと聞こえない。でも薬の副作用だと思ってたから、全然心配してなかった。
「多分ね、突発性難聴だと思う。突発性難聴ってね、完治3割、よくなる3割、治らない3割なの」
と、言われるまでは。
以前中耳炎で耳鳴りを経験していたから、人よりは耳の違和感は知っていたけど。治らない3割と聞いた時、「え、仕事どうしよう」と思いました。
耳鳴りもするけど、左耳から受ける音が全然聞こえない。聞こえるけど、モヤの中から光を探すように手探りで音を聞いている感覚。
私は人の話を聞くことが仕事のほとんどで、左耳からの音が聞き取れない……かぁ。
小さな耳鼻咽喉科だったから、大学病院に行って、もう一回検査を受けてほしい、と急いで紹介状を書いてもらい、その足でピッカピカの大学病院へ足を運びました。
ここでも聴覚検査をし、結果はほぼ一緒。
左耳はほとんど聞こえず、骨伝導の検査では、装置が強く震えるのが分かるほど大きな音が出ないと反応できなかった。
きっとウィルス性かストレスだと思う。ステロイドという薬を処方しますが、ステロイドはちょっと強いから、入院もできるけど、仕事とかありますよね? 自宅で投薬しながら様子を見ましょう。
もし薬でよくならなかったら、腫瘍の可能性もあるから、そうしたらMRIで腫瘍の確認をして、手術で取りましょう。と丁寧に説明してもらった。
ステロイドの副作用は、感染症にかかりやすいから、このご時世気をつけてくださいね。とも言われ、心の中で、「タイミングっっっ!」と突っ込んだのは言うまでもなく。
たくさんの薬を処方され、仕事があった私は仕事場へ向かい、一緒に仕事をしている人に状況を説明。
22日〜24日の3連休を自宅療養に充てるべく、猛烈に仕事を片付け、よろよろしながら長い1日を終えました。
結果として治ったので本当によかったのですが、3連休中も耳鳴りは治らず、このまま治らなかったら……という不安はずっとつきまといました。
電話をしても耳が痛い、耳の内側から耳を圧迫する痛み、聞こえない。
もう、映画館で映画を観たり、寄席に行ったり、カラオケで騒いだり、内緒話したり、そんな普通の楽しみはもうできないのかなー。おしゃれな補聴器とかあるのかなーということしか考えられませんでした。
先日、病院に見せに行ったら、
「程度が悪かったから心配してましたが」と言われて、そんなに悪かったんかい……と、心から治ってよかったと思いました。
自分の中のストレスがあぶり出される
突発性難聴の原因のひとつにあげられるストレス。
実は思うところがあって、1月後半〜2月前半は擦り傷のようなストレスを立て続けに受けていました。
ずっと心がザワザワして、どこにも放出できない感じ。
もやもやっとしたボールをどこに投げていいかわからない。ボールを投げても空振りで、しかも戻ってきてしまう。
そんな状態が続き、やたらと1人カラオケで歌っていました。大声で歌って発散するしかなかった。
お酒でもよかったのだが、かなり太ったので、お酒を控えている時期だったこともあり、カラオケにすがっていた。すがるように1人で歌っていた。
周りの人からすると、私は明るく、楽天的。仕事とお酒が好きであまり悩みもなさそうに見えてると思うが、実際はメンタルは大変に弱く、その弱いメンタルを保つために仕事をし、お酒を飲んでいるところがある。
小さい頃からの言われた嫌なことや傷ついたことはいまだに全部覚えている。ふと思い出して勝手に傷ついているし、逆も然りで、自分の口から発してしまったひどい発言や態度を思い出してはいまだにその人に謝り続けている。
年を重ねて、精神的にも少しずつ安定しはじめて、お猪口くらいしかなかった自分のストレスの受け皿をスクラップ&ビルドしながらなんとか大きくし、受けたストレスは人に話したり、お酒などでで蛇口を開けて少しずつ垂れ流し発散、ストレスの受け皿の中にいる私を溺れさせないようにしてきていたんだな、と今回突発性難聴になって感じる。
しかし、立て続けに受けた擦り傷のようなストレスは、実は豪雨で、掘っ建て小屋のようなストレスの受け皿は、うまく排水ができず、ストレスが貯まって溺れてしまった。それが突発性難聴という形で身体に出てきてしまったのでは、と推測。
いや、ずっとストレスが溜まっていたんだと思う。
この数年、ずっと傷ついていることがあるけど、言えないことがあったり、言いやすい人間なのか、ものすごく傷つくことを平気で言われたりすることがかなりある。
自分が軽んじられているような態度をされて、自分の価値や私の気持ちってなんだろう、と考えることもすごく多い。
これが因果応報なら、あの時の私のあの態度か、それともあの発言か、と振り返ることも多い。弱いメンタルをまた自分でズッタズタにする。
だからって結論がないんだけど
じゃあストレスがないように生きていけばいいじゃないか、と思うけど、考えれば考えるほど、現状のストレスを取り除くと、今度は別のストレスが発生する。
家族や誰かに話して発散する、という方法もあるけど、私が話したことによってその人の負担になるのはそれもそれでストレス。
無理やり趣味を作るのも違うし、今の所推しはいない。神田伯山にハマってるけど、チケット取れないんだもん。
今回、突発性難聴になってみて、ストレスがないように生きていくのは不可能じゃん。うまく共存するしか方法がないじゃん。
という結論のない結論しかまだ出てこない。
でも、こんなことを考えているとき、一緒に仕事をしている人に優しくされたり、優しい言葉をかけてもらったりした時、すごくホッとした。
優しさで仕事はできないとか、優しすぎて軽んじられているのでは、と言われることもよくあり、優しいってダメなの……とこれまた悩みの種の1つだった。
でも優しくされると嬉しいし、大変そうな仕事も前向きになれる。ストレスを受けたからと言って、発散するのではなく、全部優しい気持ちで返していくのが私のストレス緩和法なのかもしれない、と思っています。
もちろん、友人たちには今まで通り話し相手になってもらい、チョロチョロと排水させてもらいたい。
長くなりましたが、耳に違和感感じたら
すぐに病院に行ってくれよな!!!!!
突発性難聴は早期治療が鍵です。終わり。