私たち星々にできることとは

「私じゃなくて、私も含めたみんなで一緒に歩んできた25年間を振り返ったり、お祝いしたり、お疲れ様って言えたらいいなと思って。だから、みんなが来てくれないとできなかった。集まれて、こうやって同じ気持ちになれてうれしい。ありがとう」

「25年もあれば、いろんなことみんなあったと思うけど、楽しかったことも、よかったことも、イヤだったな、つらかったなって思うことも、全部同じくらい一歩ずつ自分をここに連れて来てくれたんだなと思ったら、悪くないな、いいじゃんって思えるようになって」

「とにかく今は最高ってことで、みんなおめでとう!」
引用元:https://natalie.mu/music/news/589143

2024年夏に行われた、宇多田ヒカルのライブツアー『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』の最後のMCにて発せられた言葉たちにハッとさせられた。まさか私たちただのファンが、おめでとうなんて言われるなんて。

このMCを聞いた瞬間、自分の25年が走馬灯となってバーーーーーっと駆け巡り、文字通り嬉しかったこと、悲しかったこと、泣いたこと、困ったこと、辛かったこと……ちょっと辛いことのが多い人生ではあるのだけど、その中で一際輝く楽しい記憶ももちろんあり、その中の一つが宇多田ヒカルのライブではあるのは間違いなく。

宇多田ヒカルが好きという気持ちだけで集まった仲間たち、さらに宇多田ヒカルも含めて、25年、みんなさまざまな経験をして、ここに辿り着き同じ音楽を共有しているのは、まさしく奇跡のような出来事。みんなここに来られておめでとうだね! とファン同士で肩を組んだような、その奇跡を生み出せるエンターテイメントの力というのをあらためて感じた1日だった。

先日、『ニッポン放送開局70周年記念 佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)リスナー超感謝祭2024~新時代~』に足を運んだ。詳しくはこちらのレポより。https://news.1242.com/article/517307

私の生活にラジオ視聴の習慣がついたのはここ2~3年の話で、特に好きなのは安住紳一郎の日曜天国と、佐久間宣行のオールナイトニッポン0だった。
私自身、普通に働く一社会人なので、仕事人の悲哀に共感してしまう傾向があり、この二人に共感するなんておこがましいにも程があるのだけど、それでも時折覗かせる組織のやるせなさや、仕事のおもしろみを愉快に話すところにハマってしまった。

佐久間さんはフリーになってから、活躍の場をぐいぐい広げ、エンタメおじさんの名を業界に轟かせて、ラジオで出てくる話のスケールが大きくなっていくのを感じ、売れっ子だなぁ、なんて小並感のある感想を抱いていた。だけど、妻や娘の話、街で見かけた同業者、大学の同級生の話など、根っこにある市井のおじさんトークも織り交ぜ、ホッとさせる部分も憎い。

「48歳のおじさんがひとりでやるイベントのチケットが売れるなんて、異常だからね!」

とイベントの最初から叫んでいた通り、横浜アリーナは満員で、私が男性アイドルのコンサートで横アリに足を運んだ時とは打って変わって、男性だらけで驚いた。その肌感は間違っていなかったようで、「男子トイレに列ができてるの見たことないって言われてるよ!笑」とのことだった。

ゲストが2人もやってきたり、撮り下ろしの動画が何本もあったり、初めてラジオイベントに足を運んだので、こんなに豪華なの⁉︎ と思わせるほど、たくさんの企画が矢継ぎ早に飛んできて、ずっと笑わせられていた。
宴もたけなわ、最後「じゃあラジオでできない話をします」と言ってフリートークが始まった時、またレポ禁の話かなぁ、なんて呑気に構えていたら、大学時代のご友人が最近亡くなった、と話がはじまった。

詳細はイベントレポートを読んでいただきたいのだが、ご友人が亡くなり、お別れの会で参加したときの思い出を訥々と、でも笑い話を挟みながら、自分を見つめ直した時間の話だった。
そのご友人には高校生と中学生のお子さんがいて、お別れの会中、ずっとキャッキャ話していたと言っていた。その時の気持ちをたくさんは語られなかったけど、ものすごくいろんな感情が濁流のように押し寄せてきたことが表情からも窺えた。湿っぽくならないよう、オチもつけて終わったけれど、1番最後の挨拶でポロッと「最近も大学時代の友人が亡くなりました」と言っていた。

突然、ものすごく話は変わるが、私は以前、King&Prince時代の岸優太くん(現在はNumber_iでご活躍)をめちゃくちゃ推していた。コロナ中の閉塞感の中、私を支えてくれたのは間違いなく岸くんだった。

そんな岸くんが2020年の24時間テレビのパーソナリティに選ばれて、いろんな番宣を巡っていた時、自身のファンが『星々』に見えると言い、爆笑を掻っさらいつつ、リアコなファンたちをがっかりさせる発言があった。これはおそらく会場で瞬くペンライトが『星々』に見えるからの発言と推測する。
私は言い得て妙なその例えが大のお気に入りで、推しの前ではファンはただの星々だ、という気持ちを強くした。


「ラジオがあったからみんなに出会えたし、会社も辞めた。コロナの時期で辛かったけど、ここに立っていられるのは皆さんのおかげです。僕のつたないラジオを聴いてくださっている方がいると思うだけで、やって来た甲斐、生きている甲斐があります。
先週、仲の良かった大学の同級生がまたひとり亡くなりました。別れがあると知っているから、今の1つ1つを大事にできています。このラジオが大好きで、続けていきたいと思っていますが、終わりが来ることも知っています。だから毎週手を抜かずに頑張っているし、それが皆さんに届いていたら嬉しいです。
皆さんも良いことだけじゃないと思いますが、それでもこうやって笑って楽しめたら、生きていけるんだと思います。今日は僕にとって、生きていて良かったと思える3時間でした」
引用元:https://news.1242.com/article/517307

佐久間さんは、いつもは飄々としている人という印象だったし、あまり自分の気持ちを吐露することがない人だと思っていたけど、あまりに続いた出来事を前に、気持ちがこぼれてしまったのかもしれない。でもその気持ちをこぼしたのは、チュロスのペンラを持った星々の輝きと、笑い声だったのかも、と薄ぼんやり思った。

エンタメを享受している私たちができることってなんだろう、と思うことがよくある。もちろん1番はお金を落とす、リアタイをすることだと思うけど、星々として瞬き続けることの大切さ、みたいなものを今回のイベントで感じた。
物理的にペンラを振ることではなく、生きて、そのエンタメを好きですよ、応援していますよと伝える。普段ペンラを持たない私たちのひとりひとりの輝きなんてちっぽけすぎるけれど、エンタメを生み出す人が上を見上げたときに、星空が見えて、少しはホッとしてもらえる環境に整えておくことが、いつも楽しませてもらっている星々の役目なのかも知れない。

楽しかったことも、よかったことも、イヤだったな、つらかったなってことも、全てをチリチリと燃やして生きて、またみんなと星々として会えることを祈って。